Subject : フリードリヒ2世
カテゴリー : 歴史 >
フリードリヒ2世
-
フリードリヒ2世(Friedrich II., 1194年12月26日 - 1250年12月13日)は、神聖ローマ帝国ホーエンシュタウフェン朝の皇帝(在位:1220年 - 1250年12月13日)、及びシチリア王(フェデリーコ1世、在位:1197年 - 1250年)。イタリア史関係では、イタリア名のフェデリーコ2世(Federico II)で呼ばれることが多い。
学問と芸術を好み、時代に先駆けた近代的君主としての振る舞いから、スイスの歴史家ヤーコプ・ブルクハルトはフリードリヒ2世を「王座上の最初の近代人」と評した。中世で最も進歩的な君主と評価され[3]、同時代に書かれた年代記では「世界の驚異」と称賛された。普段の食事は質素であり飲酒も控えていたが、彼が開いた宴会は豪勢なものであり、ルネサンス時代を先取りしたとも思える宮廷生活を送っていた[5]。フリードリヒの容貌について同時代のヨーロッパの人間は皆称賛していたが、一方でイスラムの年代記作者は彼を「禿げ上がった赤毛で近眼の、奴隷であれば高い価格は付かない」風采の上がらない人物と記した。しかし、その知性はイスラム教国アイユーブ朝の君主アル=カーミルを魅了した。
一方、「早く生まれすぎた」彼は教皇庁や北イタリアの都市国家と対立し、ローマ教皇から2回の破門を受けた。治世をイタリア統一のために費やしたが、教皇庁と都市国家の抵抗によって悲願を達することなく没した。また、イタリアに重点を置いた彼の施策はドイツに混乱をもたらした。
- ●
-
<出典: 日本大百科全書(小学館) >
⇒
世界史年表
[メニューへ戻る]
[HOMEへ戻る]
[前のページに戻る]