Subject   : 諸子百家

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 諸子百家

分類/th> 俗称 本名
(諱)
字/
生国 代表作 メモ
儒家 孔子 孔丘
きゅう
仲尼
ちゅうじ/
文宣王

昌平郷
陬邑
すうゆう
論語 礼と仁。
初期の周王朝を理想とする。
B.C.551〜B.C.479
孟子 孟軻
子輿
しよ
子車/

鄒(すう)
孟子 人は修養により仁義礼智の四徳を
成就する可能性をもつとする(四端説)
富国強兵を否定。性善説。亜聖。
紀元前四世紀後半、生没年不詳
荀子 荀況  /
荀子 人は人為により礼を求め欲望への放心を
抑制しなければならない(性悪説)。
尊称は荀卿(じゅんけい)。
B.C.298〜B.C.238頃
道家 老子 李耳
たん/
老子
2巻
人為を否定しあるがままを肯定(無為自然)
政治を感じさせない政治を善しとする。
周の守蔵の史(蔵書室の管理者)。
「老子」は「老子道徳経」とも。
太上老君
荘子 荘周 子休/

荘子 荘子の逍遥遊篇、斉物論篇が本人の著作と
考えられている。
「荘子」は「南華真経」とも。
南華真人(唐の玄宗による)
B.C.370〜B.C.300頃か?
列子 禦寇
ぎょこう
  /
  列子 虚(きょ)の道を得た哲人
荘子によって虚構された人物か?
「列子」は「冲虚至徳真経」とも。
沖虚真人
墨家
ぼっか
墨子 墨てき  /
  墨子
53編
兼愛交利(血縁によらない無差別の愛、
相互扶助)を説き、
礼楽を無用の消費として排斥、非戦、
節倹勤労(働かざる者食うべからず)。
技術集団でもあった。
B.C.470〜B.C.390頃か?
法家
ほうか
管仲 管夷吾 仲/
官子
24巻
鮑叔牙(ほうしゅくが)が親友
富国強兵
桓公を中原の覇者とした。
〜B.C.645
申不害    /
  申子 道家の思想に基づき刑名学を説く。
韓の昭侯の宰相
富国強兵策をとって国家を安定させた。
〜B.C.337
商鞅 公孫鞅
衛鞅
 /
商子
商君書
商に封じられたので「商」の号を持つ。
衛の公族出身で、秦の孝公の宰相
変法の令を定める
富国強兵と厳格な法治主義
孝公の死後、恨みをかい車裂きの刑に処せられた。
〜B.C.338
韓非子    /
  韓非子
22巻
55編
法家の集大成と言える。
韓の公子。
秦の宰相李斯とともに荀子に学ぶ。
秦の始皇帝に注目された。
秦に使者として赴いたが、奸計にあって毒殺された。
〜B.C.233
名家
めいか
恵施    /
  恵子 魏の恵王、襄王に仕える。
荘周の友。
生没年不詳。
公孫竜   子秉
しへい/
公孫竜子
6編
平原君の食客
堅白同異、白馬非馬
B.C.320〜B.C.250
兵家
へいか
孫子 孫武  /
孫子
1巻
13編
戦略戦術の法則、準拠の詳細を説明。
古代中国の戦争体験の集大成で
簡潔警抜な記述による名文で知られる。
呉王闔閭に仕え、楚・晋を威圧し、呉を覇者とした。
紀元前六世紀頃。生没年不詳。
孫子 孫ぴん  /
孫子 魏将の晁涓(ほうけん)にその才をねたまれ、
びん刑(両足を断つ刑)に処せられたが、
斉の威王の軍師となり、
B.C.353年に晁涓の率いる魏軍を敗った。
生没年不詳。
呉子 呉起  /
呉子 儒家の曾子に学び魯、魏に仕え、
さらに楚の悼王に重用された。
〜B.C.381
尉繚子 尉繚  /
大梁 尉繚子
5巻
 
縦横家
じゅうおうか
蘇秦 蘇秦 季子/
    「従」は「縦」と同意。縦、すなわち南北の連合
秦に対抗し燕・趙・韓・魏・斉・楚の合従を説く。
生没年不詳。
張儀    /
    「衡」は横で、東西の意。
蘇秦とともに鬼谷子に学ぶ。
秦の恵文王のため連衡の策をたて六国に遊説、
蘇秦が説いた対秦同盟である六国の合従を崩した。
〜B.C.310
陰陽家 鄒衍
すうえん
   /
  天文・暦数の学術をもとにし、陰陽説によって
世界の構造や人間のあり方を説明しようとした
孟子の影響を受けて陰陽五行説を唱えた。
はじめ慎到らと斉の稷下(しょっか)に集まり、
稷下先生と呼ばれた。
後、燕の昭王の師事を受けたが、昭王が崩じ、
恵王となると獄に下された。
B.C.305〜B.C.240
雑家      /
    儒家・墨家・名家・法家など
諸家の説を取捨・総合した
農家      /
    農耕につとめ、衣食を充足することを主張した
小説家      /
    いわゆる小説の源流?

 ⇒ 中国歴代王朝

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