Subject   : アフラ・マズダとアーリマン

カテゴリー  : 人文 >  


 アフラ・マズダ 
 イラン(ペルシア人)の宗教であり、宗祖はゾロアスター。その成立年代は前1200年代から前7世紀頃までの幅があり、確定していない。3世紀のササン朝の国教とされ、聖典『アヴェスター』が編纂された。光明神(善神)であるアフラ・マズダを最高神とし、その象徴として火を崇拝するので拝火教とも言われる。世界を光明神と暗黒神(悪神)であるアーリマンの対立とという二元論として捉え、終末に救世主による最後の審判が下されると説くその世界観は、その後のユダヤ教やキリスト教などの一神教に影響を与えた。7世紀にイスラーム教がイランに進出したことによって衰え、ほぼ消滅したが、一部の信徒はインドに逃れ、現在もパールスィーといわれている。また、ソグド人らによって東方に伝えられ、唐では異教の一つ、?教として流行した。 ゾロアスター教の概観

 古代イラン(ペルシア人)のゾロアスターが創始した宗教で、アフラ・マズダ(アフラは神、マズダは知恵の意味もある)であり、信者はその象徴の火を崇拝する。また破壊と暗黒の神である悪神アーリマンとの抗争とみる二元論的世界観が特徴となっている。現在はほぼ影響力を失っているが、かつては広く西アジアに広がり、イラン文明にとどまらず、世界史的に重要な諸影響を周辺文明に与えた宗教であった。特に唐の都長安では拝火教と言われたことはよく知られている。また、宗祖ゾロアスターは特にニーチェがその名をして自己の理念を吐露したことなどから関心が高い。しかし、何か特異な呪術的で魔術的な宗教というイメージも強く、一部で強調される日本の飛鳥文化との類似性などから、興味本位でとらえられることもある。

成立時期と背景 その成立年代と時期については幅広い見解があり、ゾロアスター(ザラスシュトラ・スピターマ)は実在の人物とされているものの紀元前1200年頃から前1000年頃に遡らせる説から、前7世紀頃と限定する説があり、その活躍場所もイラン高原西部(メディア)説から、バクトリア(ほぼ現在のアフガニスタン)説などがあって幅広い。いずれにせよ、ゾロアスターの活動時期、場所についてはいまだに決着はついていない事項である

 

 アーリマン 
 ゾロアスター教での悪神で、闇を支配する神。アングラ・マイニュなどともいう。光明神で善神であるアフラ・マズダと闘い、最後には敗れるとされた。  古代イランのゾロアスター教において、主神であり善神・光明の神であるアフラ・マズダに対し、常にそれと戦いを続ける悪神、暗黒の神。アフリマンとも表記するが、本来のイラン語ではアングラ・マイニュ(アンラ・マイニュ)といった。ゾロアスターの教えをササン朝時代に文字化されたと考えられる聖典『アヴェスター』の示す二元論的世界観では、両者の闘いはあらゆる局面で繰り返され、最後の審判によって悪神アーリマンは滅ぼされるとされている。

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