Subject   : 細胞周期のエンジンとブレーキ

カテゴリー  : 学術情報 > 生化学 


 細胞周期のエンジン
細胞内には細胞周期を進めるエンジンの役割をするタンパク質リン酸化酵素(キナーゼ、protein kinase)があります。そのキナーゼは、サイクリン(cyclin)という別のタンパク質と結合したときに幾つかの重要なタンパク質をリン酸化するので、CDK(サイクリン依存性キナーゼ、Cyclin-Dependent Kinase)と呼ばれています。ヒトのCDKには、M期の開始に働くCDK1(別名CDC2)やG1期〜S期に働くCDK4、CDK2など、幾つかの種類があります。サイクリンによるCDKの活性化は、リン酸化の標的タンパク質の機能を増強したり、逆に抑制したり、あるいはリン酸化が分解のための目印となったりして、細胞周期を進めるために必要な秩序立った反応を引き起こします。サイクリンにも幾つかの種類がありますが、たとえばCDC2に結合するサイクリンBはS期からM期にかけて序々に増えて行き、M期を開始させ、M期後期に入る時に急速に分解されます。このような周期的(cyclic)な量の変動が、「サイクリン」の名称の由来です。同様に、サイクリンDはG1期の通過、サイクリンEはS期の開始、そしてサイクリンAはS期とG2期の通過のためのアクセルとして働きます。
 細胞周期のブレーキ
サイクリンとは逆に、ブレーキとして働くタンパク質(CDK阻害タンパク質)も数種類あります。そのひとつ、p16INK4aは、サイクリンDがCDK4に結合するのを邪魔します。また、p21Cip1やp27Kip1は、サイクリンEとCDK2の複合体に結合してそのキナーゼ活性を阻害します。p16とかp21といった記述は、タンパク質の表記の際によく使用されますが、たとえばp16INK4aは、INK4aという遺伝子にコードされる16kDa(約16キロダルトンという質量)のタンパク質ということです。これらCDK阻害タンパク質とは別に、CDC2やCDK2をリン酸化してそれらを阻害するWee1、Myt1などのタンパク質キナーゼも重要です。これらCDKのプレーキとして働くタンパク質は、時期が熟さないうちに細胞がS期やM期に入ってしまうのを防ぐために一役を担っているのです。

染色体DNA複製が完了しないうちにM期に進むのを防いだり、M期が終わらないうちに次のS期を開始するのを防ぐメカニズムを細胞は有していて、これが細胞周期の「チェックポイント」と 呼ばれるものです。たとえば、活性酸素によるストレスなどで細胞は頻繁にその染色体DNAが損傷しますが、傷の程度によっては修復に時間が掛かったり、DNA複製が途中で止まってしまうことがあります。染色体DNA複製が完了しないままM期に進んでしまうと、分裂時崩壊という細胞死に至ったり、全ての遺伝情報セットが嬢細胞(分裂後の2つの細胞)に受け継がれずにゲノムが不安定化します。実は、このゲノムの不安定化が、癌を発症するリスクを著しく高めてしまうのです。DNA傷害を残したままG1期からS期に進む場合も同様で、遺伝子の間違ったコピーを作ってしまう危険があり、癌の発症に繋がる危険があります。このようなDNA複製チェックポイントやDNA傷害チェックポイントのお陰で、細胞はゲノムの不安定化を免れ、遺伝情報の正確なコピーを受け継いでゆけるのです。これらのチェックポイントにもCDKやCDK阻害タンパク質が拘わっています。

 ⇒ 細胞周期(cell cycle)
 ⇒ サイクリンとCDK阻害因子

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